となりで、ねむらせて。

 ふと眠りから覚めた。
 辺りはまだ暗く、もう一度眠りに着いてもいいのだと認識する。それならもう一度眠ろうとして、とあることに気がついた。

「……あ。そっか。腕枕」

 昨夜眠るまでの出来事が、頭の中で巻き戻され再生が掛かる。超がつくレベルの遠距離恋愛状態だった相手が無事に帰ってきた。再会できることがとにかく嬉しくて転びそうな勢いで迎えに行き(実際相手の目の前で見事に転んだ)、その後自分の借りた部屋で食事にして、それからはある意味お約束のコース。その足取りを思い出すと見事に頭に血が昇るので途中で頭の中で停止ボタンを押しておいた。

 そして、腕枕の相手はすうすうと心地よさそうに寝息を立てている。
 自分の傍らは眠れる場所であるのだと、以前彼から聞かされた。そんな存在でいられることがとても嬉しい。

「でも、……このままだと重いよね」

 彼の腕の中に収まるのは好きだ。
 自身のものではない体温を直に感じ、その暖かさ故に居心地がいい。
 けど、ずっとそのまま自分の頭を支え続けていれば、彼の腕が間違いなく疲れてしまうのは明白だ。元々戻ったばかりで疲れている彼が、更に疲れてしまうのはあまりに忍びなく。
 名残惜しいが、また明日があるもんね、と軽く頷いて、彼の腕の中から抜け出すことにした。ゆっくりと、静かに。傍らの彼が目覚めないように注意を払って腕の中から抜ける。

 ……つもり、だった。
既に、過去形。

「だーめ、藍澄ちゃん。ここにいなきゃ」
 いつの間にか目覚めていたヴィオレが、空いていた方の手を傍らの彼女の肩に回していた。逃がさない、と言わんばかりに。驚いて見開いた藍澄の瞳に、に、と口の端で笑う彼が映る。
「だって。このまま何時間も腕枕してもらったら重くて腕が痺れちゃうじゃないですか。だから」
 腕外しますね、と言うつもりだったのだが、言おうとしたその間にぐいと彼の元へ引き寄せられ、きゅうと抱きすくめられる。離れかけていた彼の体温が、触れた胸と背中に回された手のひらからダイレクトに伝わってくる。
「だ、め。俺、今『藍澄ちゃん欠乏症』だから、藍澄ちゃんからちょっとでも離れると多分萎れちゃう。藍澄ちゃん分を補給しないと」
 ちゅ、と音を立て、額にくちづけが降ってくる。
「何ですかそれ、訳分かんないです」
「疲れた脳に甘いものが効くように、疲れた俺には藍澄ちゃんが効くの」
 額だけで止む訳はなく、くちづけはそのままゆるゆるとあちこちに降り続ける。確か昼間もこんな感じだった。今はまあ、部屋だから問題ないのだけれども。昼間のやり取りを思い出して口の端っこだけで少し笑った。
「……どうした?」
 そんな彼女の微かな変化も彼は気付くらしい。
「……えっと。しあわせだなあって、ちょっと実感した感じです」

 他愛もないやり取りを交わしていられる。
 艦の上にいた頃にはそんな日が来るなんて、とても考えられなかった。

 今でもまだ、様々な問題は残っているし、それを解決するべく二人とも働いているけれど。それでも、今この時は、しあわせという言葉以外に形容のしようがない。

「ん。それは、同感」
「……ごめんなさい。起きたら腕、重いと思います」
 腕枕については、諦めることにした。申し訳ないという気持ちは勿論あるのだが、相手がそれを是としない以上仕方ない。……自分自身も心地いいのは間違いないことだし。

「全然気にすんなって。ていうか、俺がこうしてって頼んだんだから、藍澄ちゃんは気にすることなんてないの。な? だから、さ」

 そのまま、互いの体温を確認するかの如く、ただでさえ少なかった距離を体を寄せ合って更に縮める。体温どころか、心臓の鼓動まで聞こえるくらいまで。それがとても心地よくて、落ち着くように思える。

「ここで、こうして。藍澄ちゃんのとなりで。ねむらせて?」

 ゆるゆると、このまま。
 朝を迎えるまで。

 そうして、いつしか。穏やかな眠りがふたりに訪れた。