胃もたれの理由。
本格的に付き合うようになって、初めての僕の誕生日。
目の前に、ややふくれっつらをした彼女が立っていた。
「お誕生日、おめでと。……プレゼント、明日になっちゃうんだ、ごめんね」
それだけ言ったら、そのふくれっつらのままうつむいた。両手を背中に回したまま。
……何故だろう。その背中に回った手が、気になって仕方ない。
「ね、何かあった?」
「何もないよ、どうしてそんなこと聞くの?」
「だって君、隠し事ヘタだから」
そう。何故もなにも。今の君は隠し事をしてるときそのままの君だ。
……全く、バレバレなんだから。
「ほ、本当に何もないよ、隠し事とかしてないから」
「じゃあその後ろに隠した手は?」
「何にもないよ、ほんっとうに何もないってば」
「じゃあ見せて」
などとやっている間に、ぽて、と彼女の手にあったものが落下した。小ぶりな紙袋。ご丁寧にリボンがかけてある。あ、と彼女が言ってる間に拾い上げた。
「やだ、それ返して」
「……本当に、何もないの? じゃあ、これは?」
リボンの隙間を覗き込むと小さい箱。箱の上にはカード。
「違うの、違うから返して」
「……違うの?」
「……違わないけど、違うの」
「……? 違わないけど、違う?」
諦めたように彼女がまたうつむく。開けていいよ、と言われたのでその箱を出して開けてみた。
あー、なるほど。
彼女の言葉の意味が分かった。
「……失敗しちゃったから。練習したときは凄く上手くできたのに……」
箱の中には炭のように焦げて形の崩れてしまったお菓子。食べたことはあるんだけど名前が思い浮かばない。
「だから、今日は返して。明日もう一回作ってくるから」
うつむいたまま彼女が訴える。そういや、会った時から思ってたんだけど、随分目が赤かった。何時まで起きてこれを作っていたんだろう。どれだけ頑張ってたんだろう。そう考えたら、自然と手が箱の中に伸びていた。箱の中のお菓子をちょっとつまんで口の中に放り込む。
やっぱり苦い。
けど、甘い。
「ちょっと、一雪くん。それ、ダメだってば」
「何で?」
「さっき言ったじゃない。失敗したから作り直すって」
「でも、君が折角僕に作ってくれたんだし」
「でもじゃなくって、そんなの食べたらお腹壊す」
ごくん。もう遅い。飲み込んだ。
「いいよ、壊れても」
「そんなのわたしが嫌だよ」
その間にもう一口。
「……僕は。君が僕のために作ってくれたものが捨てられる方が嫌だから」
そう、そっちの方が嫌だ。お腹なんて、治るものだし。
「でも」
言いかけた彼女を手で止めて。
「もし僕の体に何かあったら、君が看病してくれたらいいよ。――つきっきりで」
それだけ言うともう一口。苦味と甘みを噛み締める。
「……分かった。でも、わたしも食べる」
観念したように彼女がつぶやいた。
「いいよ、僕が全部食べるから」
「だってわたしが作ったんだもん。でも、もしわたしに何かあっても、つきっきりで看病してくれるんでしょ?」
「もちろん」
その後は、結局何事もなく普通に一日が過ぎていった。そして次の日、何が何でもリベンジ、と意気込んだ彼女が大量にお菓子を持って待ち合わせ場所に現れた。絶対に全部食べてもらうから、と食べることになったその大量の成功品のおかげで、今日の僕の胃は重い。